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東京教会 問題の全貌-良心の告発

15. ‹その1›良心の告発-治理部員二人の辞任

治理部の判決が予定された2014年2月18日、治理部員である許伯基牧師と姜章植牧師の二人が、良心による告白をして治理部を電撃辞任したのだ。

許伯基牧師は治理部に対し不信任動議案を提出し、姜章植牧師は総会委託判決動議案を提出して、治理部の裁判過程がいかに悪意的で不当であったかを明らかに示してくれた。

とりわけ、許伯基牧師が提出した、治理部に対する不信任案には、治理部の構成から致命的な欠陥と悪意があったことが、具体的に記されている。

〈許伯基牧師の告発文〉

〈許伯基牧師の告発文ー日本語版)

〈姜章植牧師の告発文〉

 

治理部部員2名、判決前についに辞任表明

姜章植・許伯基牧師辞任…18日は任職員会[2014.02.18. 00:21]

在日大韓基督教会関東地方会治理部(部長金根湜牧師)部員7人のうち、2人が「辞任の意思」を表明した。これにより、東京教会の長老選挙不正開票に対する起訴と裁判は新たな局面をに迎えることになりそうだ。

辞任の意思を表した治理部部員は品川教会の姜章植牧師(第3回審理で検事役を担当)と筑波東京教会の許伯基牧師であり、両者とも14日(金、)起訴に対する判決を下す最後の集会以前に辞任の意思を伝えたということだ。許伯基牧師は14日当日午前にメールによって正式に意思を伝えている。

辞任の理由についてはまだ具体的なことは明らかにされていない。内部で起訴や判決に対する様々な見解の相違があったのではという推測の他に、治理部の問題点に対する良心からの告発だとする見方も出ており、その背景に関心が集まっている。

辞任はまだ受理されてないということだ。許伯基牧師は本紙とのインタビューで「辞任は表明し書類を送ったが、おそらく治理部では受理しなかったようだ。なぜなら、それを任職員会で正式に受理されなければならないからだ」と話した。辞任の理由について尋ねると「後々明らかになると思うが、今は話せない」と言葉を控えた。

具体的な内容は18日の任職員会で、判決及び辞任等に関することとして取り上げられると思われる。

これで、起訴と裁判を同時に行うことにより客観性と公正性の欠如した致命的な誤謬や、第3回審理で予告もなく行われた起訴内容の変更、その過程で述べられた治理部長のウソと偽証、治理部に対する提訴、判決を前にした二人の治理部員の辞任など、多くの問題点を持つ治理部が地方会任職員会でどのような報告をし、任職員たちはどのような決定を下すのか、注目される。

二人の治理部員が辞任したにも関わらず、関東地方会治理部は金海奎牧師に免職という判決を下した。

手続き上、二人の辞任を任職員会に報告し、治理部員を選任しなおさなければならないのだが、治理部では5人が同じ意見なら、それで2/3以上の同意なので問題はないと主張し判決を強行したのだ。

地方会でも治理部の行いについて、道理に反していると考える任職員は多数いた。

地方会の任職員会では、治理の権限を委任した任職員会に何の報告もしないで、二人がかけた状態で判決を下したことについて反発が起こったが、結果的に処分を停止にすることはできなかった。

 

クリスチャン・トゥデイ紙に当時の任職員会の様子が詳しく記載されている。

 

結局「免職」…KCCJ教団の歴史に「不義な裁判」残る

治理部、任職員会で金海奎牧師免職判決報告[2014.02.20 06:21]

在日大韓基督教会関東地方会治理部(部長金根湜牧師)が東京教会の金海奎牧師に対し「免職」と言う重い判決を下したことで、「はじめから決めておいた路線通り進めてきた」と言う批判を免れなくなった。罪の本質には目を背け、信仰的良心さえ捨てて公権力を振りかざした不義の裁判だったという批判も起こり、物議をかもしている。

18日(火)午後4時、治理部の判決に関心が高まる中開かれた関東地方会任職員会は午後10時頃ようやく終わった。会議では治理部の金海奎牧師免職判決についての報告とそれをめぐる任職員らの主張や意見が噴出した。しかし、免職判決に対する反対意見や主張は、発言こそあれ全く受け入れられなかった。前回の任職員会で、治理部が判決を報告したらそれで終了させると、前もって決議しておいたからだ。治理部の権力濫用と独断的判決に対し制動をかけられる仕掛けを取り除いておいたわけだ。

会議中、治理部部長の金根湜牧師が、1・2回審理の中で発言した偽証に関連し裁判長を退くべきだとの意見が出されたが、この事件とは関係が無いとの理由で黙殺された。治理部の2人の部員の辞任に関しては、辞任時期と、治理部を構成して権限を与えた任職員会に何の報告もないまま、残りの5人で判決を下したことについても、不当だとする主張も強かったが、結果的に免職処分を翻せなかった。

地方会のある牧師はこれについて「前回の任職員会で(治理部が)報告することで終了すると決定していた。だから、報告したら終了するのは正しい。しかし、治理部員二人が辞表を出した状態で行ったのだから、これが適切かどうか調べ、問題があると任職員会で判断されれば最終判決を延期することは出来たはずだ」と伝えた。

この日、最も重要な問題として扱われた問題の一つは「治理部の不当性」を明らかにする治理部員二人の良心的な動議案に関してだった。治理部員姜章植牧師(品川教会担任)は任職員会の当日〈関東地方会治理部辞任の事由及び総会委託判決動議案〉を、許伯基牧師(筑波東京教会担任)は〈関東地方会治理部に対する不信任案(動議)〉を出席した任職員らに配布した。二人が提出した書類をみれば、起訴および裁判がはじめから目的、すなわち決められた結果(免職)に向けて進められたということがわかる。

姜章植牧師、信仰的良心と論理から外れた問題だったとして辞任

事実と証拠のない不義の裁判、裁判証拠主義に反した危険性を指摘

治理部の免職判決は法理と常識からはずれた判決

治理部の活動を即刻中断し総会へ委託すべきと請願

▲治理部書記であり、第3回審理で検事役を担当した姜章植牧師は、任職員会当日〈関東地方会治理部辞任の理由及び総会委託判決動議案〉を任職員たちに配布し、治理部の解散を要求した。同時に総会が本事件を扱うよう要請した。

これによると、姜章植牧師(第3回審理で検事役担当)は金日煥・全三郎長老の提訴の件に対する治理判決を総会への委託判決件として処理するよう請願し、動議した。

彼は提訴した二人の長老と金海奎牧師について、「処理責任者である金海奎牧師には免職を、一方で開票に重大なミスを犯した長老らには何の責任も問わず無罪という判決は不義な判決」とし、「堂会と公同議会を通して進められた行政処分と決議に違法事項があるといって、その責任を担任牧師個人に負わせるという、こうした治理部の法理適用とやり方にこれ以上従うわけにはいかない」とした。

また、「治理部は行政処分ではなく金海奎牧師個人に対する勧懲裁判として治理し判決を強行するという大きな過ちを犯しており、何度も指摘し改善を求めたが是正せず、結局は金海奎牧師個人に免職を判決する不義な治理をした」と指摘した。

重要な法理的問題点も指摘した。彼は「有罪判決と量刑は、裁判と犯罪に対する証拠を通して確認された違法行為が前提条件であり、基準」だとして、金海奎牧師による林柏生長老に対する教唆を立証する証拠はなく、教団脱退を主導する実際の行動ではないので「事実と証拠がないまま罪に定めるのは不義な裁判であり、裁判証拠主義を逸脱した非常に危険な判決」であると告発した。

とりわけ、「開票誤謬を犯した長老らは復権させながら、実刑判決を宣告するほど重大な犯罪性のない行政責任者には牧師職の免職という量刑に対する判断には、意見差の問題ではなく信仰的良心と論理を逸脱した問題であるため治理部の活動を拒否することにした」と辞任の意思を明かしている。

そして、「法理と常識を外れた治理部の免職判決が関東地方会の平和と協力に障害として残ることがないよう、関東地方会治理部の活動を即刻中止させ、治理判決を総会に委託することを請願、動議する」とした。

許伯基牧師、「治理部解体し判決無効化」要求

治理部構成、方向性、雰囲気、裁判、対象と量刑など5つの誤謬指摘

「治理部、まともな治理を遂行できる能力及び判断力喪失」

▲治理部員許伯基牧師は任職員会当日<関東地方会治理部に対する不信任案(動議)〉を任職員らに配布し、「治理部は正常な治理を遂行する能力と判断力を喪失したと考える」として治理部の解体を要求した。

もう一人の治理部部員である、許伯基牧師は「関東地方会の治理部に対する不信任を動議し、治理部を解散し判決を無効にすることを要求する」として5つの誤謬を指摘した。

第一に、治理部を構成するにあたって、東京教会と利害関係や葛藤関係にある人物を部員として選ぶべきでなかったにもかかわらず、公的な場ですでにきつい葛藤を表した人物を選んだ。また、東京教会と法的に上下関係にある教会に属する人物を選んだ」と指摘した。

第二に、調査の方向性においての誤謬だ。「治理部の調査は『こうであろう』という具体的な仮説を先に立てておいて、その仮説を証明するための答えを得ようとする方向で進められた。特に被告側の人々に対し、言いたいことを言わせなかったり、こちらからの質問のみに答えさせるかたちで調査が進められた」と告発した。

第三に、調査の雰囲気上の問題だ。「原告側の人々に対する態度と被告側の人々に対する態度が顕著に違った。原告側には友好的に、被告側には敵対的に接することが多かった。治理部員の何人かは、被告側の話を権威的に制止したり、大声を出したり、甚だしくは脅迫的な言葉を用いながら、調査の場の雰囲気を支配した」と衝撃的な告白もした。

第四に、裁判の誤謬だ。「容疑を主張する検事役と裁判を進行する判事役を同一人物が兼任するかたちで進められ、公平性が欠如していた」とし、「容疑説明に対し反論が乱発し、それに対する容疑の証明はほとんど成り立たなかったにもかかわらず、治理部は一方的に裁判を閉じた」とした。

第五に、治理の対象と量刑の問題だ。「長老選挙不正回表は個人が行った行動であり、長老信任投票は東京教会の行動議会が決定したことである。個人が取った行動は個人が裁きを受けなければならず、集団が取った行動は集団が裁きの対象とならなければならない」として、「治理部員の多数は『東京教会の堂会長である金海奎牧師が職務上の責任者であるので、治理の対象になる』と言いつつ、その職務上の責任を『免職に値する』とした。これは不当に重い処罰であり、法理上、また常識に照らして、ありえない結果である。なぜ『教会』が決定した事柄のすべての責任を『牧師』に問いつつ、一人の牧師の牧会者としての生命を絶とうとするのか?これは常軌を逸した出来事であると言わざるを得ない」と告発する。

許伯基牧師は「現関東地方会の治理部は正常な治理を遂行する能力及び判断力を喪失したと思われる。よって、治理部を即刻解体し、その判決を取消し、この件の治理は上会に委託することを動議する」と表明している。

在日大韓基督教会の歴史に残る裁判は一区切りを迎えた。金海奎牧師が上告すれば、総会による裁判だけが残ることになる。二人の部員が「治理部を解体してほしい」と良心からの告白をしたにも関わらず、結局治理部は免職判決を下した。5人だけで判決を下したことについては今後議論が必要であると思われ、法的に問題があるとなれば判決にも影響を及ぼすものと見られる。

関東地方会のある牧会者は、本紙の電話取材で、今回の任職員会に出席した感想として、「雰囲気としては変化のムードだ。切望的な限界を見て落胆もしたが、多くの人たち、今まで沈黙してきた人たちもこの問題を正しく知ることとなり、発言を多くするようになることで、今までやってきたようなやり方はもう通らないだろう」と話した。教権を握っている極少数による一方的で横暴なやり方がこれ以上続かなくなるということだろう。

東京教会の金海奎牧師は治理部の免職判決に対し、「元々このように計画されていた。正正選挙をした理由がその目的のためだった」とし、「我々としては祈りをもって、神様が生きて働かれることを待つのみだ。祈りながら、対処していく」と述べた。

治理部に残る構成員は次の通りである。部長金根湜牧師(ハンサラン教会)、部員韓成炫牧師(西新井教会)、金廣照長老(横浜教会)、金達弘長老(川崎教会)、許壬会長老(ハンサラン教会)

 

許伯基牧師と姜章植牧師は、それぞれ各自良心告白をしたのだが、関東地方会治理部に対して指摘した内容が同じだという点は、治理部による悪意と不義による裁判進行の主張に、真実性と客観性を増してくれるものだ。

治理部辞任した姜章植、許伯基両牧師、共に指摘したのは?

それぞれ「治理部の解散と活動中止」を主張する同意案[2014.02.22]

東京教会金海奎牧師の「免職判決」の前、在日大韓基督教会関東地方会の治理部(部長:金根湜牧師)を辞任した、姜章植牧師(品川教会)と許伯基牧師(つくば東京教会)が「治理部の解散と活動中止」を主張して出したそれぞれの動議案で、指摘した同一の点は何か?

1.金海奎牧師の職責上の責任で免職させた点

まず姜牧師は、堂会と公同議会を通じて進められた行政処分や決議に違法事項があったからといって、それに対する責任を担任牧師個人に負わせる治理部の法理適用と手続きに、これ以上従うことはできないと述べている。教会政治における過失は誰にもありうることで、これは修正と指導の対象だと強調した。

また、「(問題)処理の責任者である金海奎牧師には免職を、反対に開票上の重大なミスを犯した長老たちには何の責任も負わせず無罪とする判決は、不義である」と主張している。

許伯基牧師は、動議案の5番で個人と集団の区分を強調した。「治理部員のほとんどは東京教会の堂会長である金海奎牧師が職責上の責任者なので治理対象になるとして、職責上の責任を問い免職とした。これは、不当に重い処罰であり、法理上または常識からもあり得ない結果だ。どうして教会が決定したことに全ての責任を牧師に負わせ、一人の牧師の牧会者としての生命を絶ってしまうことができるのか。これは道理を大きく外れていると言わざるを得ない。

2、事実と証拠の無い判決による不義の裁判

姜牧師は「有罪判決と量刑は、裁判と犯罪についての証拠によって確認された違法行為が前提条件であり、基準である」として、金海奎牧師の林栢生長老に対する教唆を立証する証拠がなく、教団脱退を主導する実際行動ではないことから、「事実と証拠なく罪に定める裁判は正しくない、裁判証拠主義を外れた、極めて危険な判決」だと憂慮している。

許牧師は、同意案4番で、裁判の誤りとして公平性の欠如を挙げ、「嫌疑説明に対する反論が相次ぎ、計画な嫌疑の証明をほとんどしていないのに、治理部は一方的に裁判を終わらせた」と指摘した。

3.人間関係と利害関係による治理部の編成および判決

許伯基牧師は、同意案1番で「治理部を立ち上げる時、東京教会と利害関係や葛藤がある人たちを部員に選出してはいけなかったにもかかわらず、公的な場ですでに深刻な対立関係を見せていた人を選出した。また、東京教会と法的に上下関係にある教会に所属するものを選んだ」と指摘する。

公的な場ですでに深刻な対立関係を見せていた人」とは、治理部長の金根湜牧師を指していると思われる。金海奎牧師と金根湜牧師は、昨年6月の「第64回定期総会続会」で、東京教会の総代権問題で、深刻に対立した。

当時、ハンサラン教会の金根湜牧師は、東京教会の地方会総代選出は違法(後に起訴状に盛る)だとして退場を求め、金海奎牧師はハンサラン教会の地方会分担金の未納が未解決だとして総代権の無効を指摘していた。

結局この問題は、金炳浩牧師(総幹事)の仲裁によっておさまったという経緯があった。

このように、深刻な葛藤を経て、地方会の牧師副会長となった金根湜牧師が、牧師副会長として当然のように担当することになった治理部の裁判長役を、公正かつ良心的に遂行できるのかという疑問を提起したのだ。治理部にはハンサラン教会の許壬会長老も入っている。

姜章植牧師は、地方会と東京教会の間に続いてきた葛藤によって、東京教会の信徒たちが総会や地方会に対し深い不信感を持っていることや、東京教会の信徒たちが治理部の理不尽な部分について4,5件の提訴をしていることなどから、両者が「敵対感情が悪化している。治理部の責任や過ちもあるが、責任者である部長金根湜牧師がその中心にいることを指摘せざるを得ない」と述べている。

彼は総会に委託し、「地方会内部の人間関係や利害関係から離れ、公正かつ客観的にこの件を審理できる総会が、適切に審理・判決を行う可能性がおおきい」と予想した。

 

後に、地方会の任職員会では、治理部に対し視察部を立ち上げ、裁判に臨んだ治理部員たちを調査し、必要とあれば治理すべきだという案が過半数で可決されたが、教会の秩序を乱しかねないので自制してほしいという総会の勧告で実行には至らなかった。

実に残念で惜しまれることだ。

クリスチャン・トゥデイ紙は、当時の任職員会の様子について次のように伝えている。

「...〔中略〕前回の任職員会では、金海奎牧師の免職について、まさに五分五分で意見が分かれた。ある牧師はこれを見て、変化の兆しと表現した。こうした変化の波が地方会新しく自浄させる力につながるか、それとも立ち消えてしまうのかはわからない。...」

 

15.‹その2›それでも判決は「免職」

関東地方会治理部は二人の治理部員の辞任について、任職員会に状況を報告した後、改めて治理部を構成しなおすべきルールを無視して判決を強行し、金海奎牧師に免職を言い渡した。

関東地方会治理部は、免職判決の理由を4つ挙げている。

1.4月7日の長老信任投票は違憲であるので罪が認められる。

2.地方会総代として、3人の長老の総代権が認められるとした有権解釈に従わず、教会の秩序を乱した。

3.総代を集めて「処理する」と脅した。

4.裁判過程で悔改めと改善の情が見受けられず、情状酌量の余地がない。

関東地方会治理部の判決理由に、少々反論してみよう。

1.長老信任投票は違憲か?

長老信任投票は、個教会の公同議会において大多数の信徒たちの総意に従って行われたものだ。

2013年、東京教会では到底あり得ない不正開票と言う深刻な事件が起こった。しかし事件はそれにとどまらなかった。不正を無かったこととして伏せておくことができなくなったことで、矛先を金海奎牧師を追い出すことにむけ組織的な陰謀へと発展していったのだ。

組織的だという根拠は、林氏が自身の不正を告白することで、不正の全貌を隠そうとしたことに見出すことができる。彼は、自分が全ての責任を負って辞任するから、再開票をしないでほしいと頼んでいた。また、あることないこと論って起訴して裁判に追い込む、地方会治理部のやり方にも垣間見ることができる。

再開票を通して、不正の全貌(金日煥長老の正の字の記録不正、朴栽世長老の集計不正、1組(金日煥/林栢生)と5組(全三郎)の意図的票数増減)が明らかにされると、不正をした長老はそろって単純ミスだと言い張り、最後まで自分が責任を負おうとはしなかったので、堂会で解決しきれずに臨時公同議会を開き、そこで信徒たちが信任投票を決定したのだった。

長老信任投票が堂会案として上程されたものではないと主張する人たちもいるが、堂会案には3つの内容があり、まず、不正開票に対する詳細を報告し、「3カ月自粛案」に対する信徒たちの意見を問い、もしその案が否決されればその場で信徒たちの意見を聞き決定する、とここまでが堂会案なのであり、その主張は理屈になっていない。

東京教会で2013年4月7日行った長老信任投票は、東京教会内部で起こった事件を解決するため、信徒たちが悩んだ末、教会の正義と秩序をただすため、一度に限って行ったものであり、在日大韓基督教会が廃止とした長老信任制度とは異なるものである。故に違憲ではない。

2.地方会総代として3人の長老の総代権が認められたという有権解釈に従わず教会の秩序を乱した?

地方会が正しい指導をするというなら、まず、提訴をした長老に自重を求めてしかるべきだった。故意であれミスであれ不正開票に関わっており、本人は提訴をしている状態ならば、とりあえず個教会の公同議会の決定を尊重し、総代として出席することを自重するよう指導すべきであろう。

考えてみれば、地方会総会の総代になることがそこまで重大なことだろうか?3人が必ず出席して投票で一票を投じてくれることを望む人がいるというなら、さもありなんだが...。

今回のこうした事態は、信徒たちが苦心の末下した決定がどうあれ、地方会の権力で押し通せばいいと考える政治長老たちと、地方会の政治牧師たちの共同作品だ。

ひいては、不正を自白した林氏まで視務長老としての権限があるという有権解釈を出す総会憲法委員会も、神様の義や秩序など眼中にないと言える。

いずれにせよ、有権解釈は判決ではない。従う義務はないのだ。

3.総代たちを集めて、「処理する」と脅した?

堂会長が総代たちに、公同議会の決定に従うよう促すのは極めて当然のことだ。

前述したが、治理部ははじめ「治理する」と言う言葉で起訴状に書いたが、事実に反することに気付いて、きちんとした手続きも踏まずに「処理する」と言う言葉に起訴状を書き換えた。

これは治理部による規則違反だ。

4.裁判過程で悔改めと改善の情が見受けられず、情状酌量の余地がない?

罪もない人が裁判に堂々と臨むのは当然のことだ。

これもまた、金海奎牧師を罪人に追い込むため仕立て上げたこじ付けの一つに過ぎない。

悔改めと改善の情は罪を犯した人に求めるべきことだ。

林氏や3人の長老に求めてほしい。しかし彼らは地方会の威を借りてか、自分たちの不正が白日の下にさらされても、言い訳を並べるばかりで、まともに謝罪するわけでもなく全く「悔改めと改善の情が見られなかった」

百歩譲って、彼らの主張通り、あれが単純ミスだったとしても、公同議会で犯したミスについて彼らは、悔い改めと改善の情を見せるべきだった。

しかし彼らはむしろ、事件を縮小または隠蔽して処罰を避けようとし、担任牧師に罪を擦り付け、「3カ月自粛案」に最後までこだわった。

また信徒たちによる決定を神様の審判として謙遜に受け入れるどころか、地方会の権力層と手を結んで提訴まで進め、教会と信徒たちを混乱におとしいれた。

 

神様が全てを見守っておられる中、関東地方会治理部の不義に満ちた裁判劇は、在日大韓基督教会の歴史に明確に刻まれ、母親教会たる東京教会とその信徒たちの信仰の歴史にも胸痛む記録として残された。


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